【福岡・中学受験】受験は誰のためにするの?親のためになっていない?

今回は、受験は誰のため?になっているんだろうと思う節が、新聞やニュースなどメディアを通して思ったので記述します。中学受験が、大人の都合によるところが大きいのかなあとも思います。

受験は誰のためにするの?

テレビを見ていると、受験は誰のためにするの?という問いかけに、「親が喜ぶからという理由で受験する。」というコメントが飛び込んできました。そういう理由もありでしょう。すごく素敵です。誰かのために頑張れるって素敵だと思うわけです。実は、これは、人間が社会活動をする上での本質なんだと思いますよ。なぜ人間が働くのかっていうのは、もちろん自分や家族の生活のためってこともあると思いますが、もっと1つ次元を上げて、人や社会のために役立ちたいと思って働いていると思います。

これは、マズローの欲求5段階説(欲求のピラミッド)というものからくるものなんだけれど、自分や家族の生活のためという欲求は、一番底辺にあるもので、その上に、「社会的欲求(帰属欲求)」、「尊厳欲求(承認欲求)」、「自己実現欲求」とあるので、当然のことかもしれませんね。

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結局のところ、理由はなんでもいいか

最初の動機や理由は、不純であってもいいのかもしれませんね。昭和の経営の父と言われた松下幸之助や現代のヒーローであるイチロー選手など活躍する人、そして多くの大人がそうであるように、最初の動機や理由は不純な人は多いです。たとえば、「お金持ちになりたい」「1億円プレーヤーになりたい」「親に苦労をかけたから家を建てたい」など独りよがりなものです。受験でいえば、トップ中学や高校、大学に合格した人の中にも「女の子にモテたい」「好きな子と同じ大学に行きたい」「周りを見返すため」「とにかく東京に出たい」などの理由の人も多いです。

それが、いつしか、「社会や人(ファン、お客様)のために」という風になっていきます。先ほどのマズローの欲求5段階説(欲求のピラミッド)にもよくあてはまっていると思います。どこかに属して(大学や会社)認められ、今度はその外部でも社会・他者から認められたい。そしてその先に、自分のやりたいことをして世の中の役に立ちたい。というようになっていくのだと思います。

まとめ

今回のように、「~のため」にするのだろうと自問することは大切です。しかし、それが、今頑張っていることに対しての逃げや今頑張っていることをやめるための理由探しになっては本末転倒です。

人生は、「~のため」という意義や使命、自分が「どうありたいか?」という信念などを、いつも自らの問いに向き合いながら歩んでいくものです。これは、死ぬまで続いていくものでしょう。それは、人間が考える葦なのだからでしょう。

今は、もしかしたら、親のための受験からもしれませんが、来年は、自分のためだったり、または、将来こういう世のために世の中を実現したいんだったりという思いで勉強しているかもしれません。

いずれにしても、私たち人間は、目の前にあることに精一杯にとり組まなければなりません。なぜそれをしているかという理由は、変わってもよいということです。ある偉大な経営者は、おっしゃっています。「理由はいつもあとづけ」だったと。それでもいいんだと思います。

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