福岡100人に聞きました!あなたのオリンピック名場面教えてください。

オリンピック名場面ってなんですか?

リオオリンピック間近ということで、今回Fukuuでは、「あなたのオリンピック名場面教えてください。」と題して、インタビューを敢行!10代~30代までの男女100人に聞いてみました。あなたは、どんなオリンピックの場面が印象に残っていますか?

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オリンピック名場面

【5位】2008年 北京オリンピック 4×100mリレー(400mリレー)決勝 銅メダル

日本男子は悲願のトラック種目初のメダル獲得をかけて勝負に挑み銅メダルを獲得したシーン。当時、塚原直貴(23)=富士通=、末続慎吾(28)=ミズノ=、高平慎士(24)=富士通=、朝原宣治(36)=大阪ガス=のオーダーで臨み、史上最強布陣で臨みました。これを最後のオリンピックとしていたチームリーダー朝原に捧げるメダルだったことも、名場面として印象に残ったということでしょう。

【4位】2004年 アテネオリンピック 体操男子団体総合の金メダル

2004年アテネオリンピック男子体操団体総合。かつて「体操王国」と呼ばれていた日本は28年間メダルから遠ざかっていました。とりわけ、最終種目鉄棒で冨田洋之が演技を成功させれば優勝が決まるクライマックスシーンを挙げる人が続出1位ルーマニア・2位日本・3位アメリカが0.125点差の大接戦の中、最後の着地に入る際、NHKの刈屋富士雄氏が「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への懸け橋だ!」と実況。名文句、そして名場面として今でも語り継がれています。

【3位】2000年 シドニーオリンピック 男子柔道100キロ級 井上康生選手 金メダル

すべて1本勝ちで進んできた井上康生は、決勝の舞台に立ち見事金メダルを獲得。そして、、前年にクモ膜下出血で急死した母の遺影を持って表彰台に立った場面を挙げる人が多かったです。本当にいい場面でしたね。これには裏話も…。実は、表彰台には、遺影のガラスは危険物とされ、表彰台にもっていけないことになっていましたが、その話を、外国の競技関係者で表彰台に選手を誘導する係の女性が知りました。その女性は「服の下に遺影を忍ばせて行きなさい。私は何も見てないわ」と言われたおかげで、実行することができたそうです。

【2位】2000年 シドニーオリンピック 女子マラソン 高橋尚子選手 金メダル

日本陸上史上64年ぶりの金メダルを獲得した高橋尚子さんです。特に、ラストスパートでサングラスを投げ捨てる場面が印象に残っているようです。それは、34km過ぎで、かけていたサングラスを沿道の父親に投げ飛ばしたと同時に、スパートをかけてそのまま逃げ切りに入る場面です。そのまま日本陸上界悲願の優勝ゴールテープを切った瞬間が訪れます。ここでも、多くの人が名場面として挙げました。小出義雄氏との師弟愛も名シーンですね。

【1位】2008年の北京五輪男子平泳ぎ 北島康介選手 金メダル2、銅メダル1

2004年アテネオリンピックに続き、男子100メートル平泳ぎ決勝で世界新記録となる58秒91のタイムで優勝し金メダルを獲得。同種目の2連覇は史上初で、競泳2大会連続金メダルは日本人76年ぶりという快挙でした。そのすべてが名場面であり、そしてレース後は涙を流し、声を詰まらせながら「何も言えねえ」とアテネの「チョー気持ちいい」に続いての名言も残しました。さらに、同200メートル決勝も2分7秒64で制し、金メダルを獲得した。五輪での2大会連続2種目制覇は日本人初、平泳ぎでは世界初だった。男子400メートルメドレーリレーでも銅メダル。アテネに続き3個のメダルを獲得するなど、まさにオリンピックの申し子ですね。

【その他】

・1992年 バルセロナ五輪200m女子平泳ぎ 岩崎恭子選手 金メダル
・2008年 北京五輪女子ソフトボール 金メダル
・2004年 アテネオリンピック 柔道女子48kg 谷亮子選手 金メダル
などなど。

聞けばすぐに、そのシーンが思い出される名場面ばかりですね。スポーツの名場面の数々は、私たちに大きな勇気を与えてくれます。

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