【福岡・太宰府】福岡に宿る学問の神、入試にもよく出題される菅原道真

学問の神、菅原道真

福岡県でも、中学受験や高校入試でもよく出題される太宰府天満宮にも祀られて菅原道真(すがわらのみちざね)。今回は、このように福岡にも大変ゆかりがあるこの菅原道真についてまとめてみました。

kyoto-brand.comより

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菅原道真

菅原道真は、平安時代の学者・政治家・漢詩人としてさまざなジャンルで活躍していますが、その当時、宇多天皇に重用され、右大臣にまで登りつめましたが、政争に敗れ、大宰府に左遷されています。それが、901年の時です。博多に上陸したとき、長旅の疲れと心労で髪も髭も白くみすぼらしい姿でした。しかし、そんな姿を普段みない博多のの漁師たちは「これはただモノでないオーラ」を感じ、船のとも綱を輪にして円座をつくり、お迎えしたという逸話が残っています。

入試ではこう出る菅原道真

894年に遣唐使の廃止をした人物として出題されます。また、菅原道真の「菅」を「管」と書いて間違える受験生が多数いることでも有名。

【参考】入試ってどんな人物や天皇が出たっけ?
ちょっと、福岡の教育サイトから拝借させてもらいます。
覚えていましたか?

菅原道真と天満宮

藤原時平の中傷により大宰権帥(※大宰府を守る役職)に左遷され、そこで人生を全します。学問・書・詩文にすぐれ、菅公と称され、後世、天満天神として祭られることになりました。菅原道真を祀った神社は、全国各地にありますが、特に大阪市北区の大阪天満宮、京都の北野天満宮、福岡の太宰府天満宮が有名です。

© Fukuu 撮影:ヒロウエスト氏

© Fukuu 撮影:ヒロウエスト氏

菅原道真と太宰府

59歳の時に、お墓は、現在の太宰府天満宮にあるのですが、これは、埋葬地を探して牛車に遺体を乗せて運んでいたところ、いきなりこの場所で動かなくなったため、道真の意思であるとして葬ったものという逸話があります。

© Fukuu 撮影:ヒロウエスト氏

© Fukuu 撮影:ヒロウエスト氏

菅原道真と文学

詩歌・文章に秀でていただけに、和歌・漢詩・漢文ともに極めて多い人物です。著書に自分の作品をまとめた『菅家文草』『菅家後集』があります。また日本で編纂された6冊の史書・六国史の最後を飾る『日本三代実録』も編纂しましたが、完成が左遷直後だったため名前が外されてしまっています。

■ 百人一首にも
  百人一首の24番に 「此の度は 幣も取り敢へず 手向山 紅葉の錦 神の随に」という詩があります。

© Fukuu 撮影:ヒロウエスト氏

© Fukuu 撮影:ヒロウエスト氏

神格化されていった菅原道真

菅原道真が大宰府で没した直後から、都では天変地異が相次ぎ、災害、関係者の非業の死などが重なったため、道真が怨霊となって祟りを成したと恐れられていました。そこで、朝廷は、道真の罪を許して右大臣に戻し、正二位を贈ったという事実もあります。その後、道真が怨霊という妄想から、道真の本来の性格の方が重視されて学問の神として信仰されるようになり、現在に至っています。

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