【学校では教えない歴史】なぜ第1次世界大戦後、日本は暴走したのか。

日本が第1次世界大戦後、暴走した理由

第1次世界大戦は、1914年6月、オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公夫妻が銃撃されるというサラエボ事件を契機に、各国の軍部は総動員を発令したことがきっかけです。

みなさん、疑問に思いませんでしたか?
1国の皇位継承者が襲撃されただけで、世界大戦までになるのだろうと。普通、「その襲撃者した犯人を捕まえるだけでいいじゃん。」になりません?アメリカのケネディ大統領暗殺事件のときは、犯人逮捕で終わりましたよね。
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1国の皇位継承者が襲撃されただけで、世界大戦までになった理由

それは、外務大臣を始め、会議を開く官僚たちがバカンスに出かけていけ、対応に遅れたんですね。その当時、バルカン半島は、火薬庫と呼ばれるほど、戦争のきっかけを待っていたんですね。その当時、ヨーロッパは帝国ばかりで、自分の権威を示したいそれぞれの国の皇帝たちは、いつも戦争できるきっかけを狙っていたんですね。それまで、第1次バルカン危機、第2次バルカン危機は、各国同士の外交会議により、なんとか、踏みとどまっていたんですがね。バカンスに出る6月にサラエボ事件が起こったというのが肝だったわけです。

世界征服へのチャンスが広がった日本

日清戦争(1894)、日露戦争(1904)に勝利し、勢いになる日本。日本は、ヨーロッパをも飲み込むチャンスを伺っていたわけです。そんなとき、1914年、世界1次大戦が勃発します。

元老・井上馨は「今回の欧州の大戦乱は、日本国運の発展に対する大正新時代の天祐にして、日本国はただちに挙国一致の団結をもって、この天祐を享受せざるべからず」(※天祐とは、思いがけない幸運、天の助けのこと。)と述べているくらい、日本にとってはチャンスだったわけですね。欧州の混乱に、どさくさにに紛れて、日本が欧州を奪うという方針です。欧州全体では、1000万人以上の兵隊が死亡し、かなり軍力、資金、物資など疲弊しているわけですからね。

日本は、当時、天皇を中心とた帝国主義だったわけで、戦争は大国、清・ロシヤをはじめ連戦連勝し、戦争をすればなんとかなるという風潮だったのでしょう。ヨーロッパの大国、イギリスとも同盟を結んでいたので、鬼に金棒だったのかもしれません。

しかし、調子に乗りすぎました。まず、手始めに、中国に、「21か条の要求」を突き出し、中国を拠点にしようとします。人道的に、どうでしょう。いきなり、21か条も要求するとは、ちょっと調子のりすぎですよね。ちょっと待て!と世界の批難の目を日本に向かせたのは、失敗だったと言わざる負えません。これにより、日本は、暴走していくほかなくなっていくわけですね。

なぜ、学校では詳しく学ばないのか

それは、先生たちが臆病だからです。いろいろな見方や主張が出てくるのがわかっているからですね。議論を呼ぶのが怖いんです。もっとも、自分たちの価値観や常識を逸脱した主張が出てくるのは問題とみなすからなんですね。

アクティブ・ラーニングが叫ばれている今。どんどん議論が巻き起こる授業が展開されることを期待します。

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